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実験文章。
【脳喰らい・ノークライ】
『序章・脳喰らい』
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激しい接吻の音が、深夜の静かな構内に響く。
街灯の白い明かりが、その情事をシルエットとして照らし出ししていた。
影は街灯を背に静かに小さく踊る。
一つの影がもう一つの影に背から抱きつき、唇を奪っている。
しばらくその影は卑猥な唾液音を響かせていたが、やがてその音は唐突にやんだ。
されるがままだった前の影はずるりと地に崩れ、そのまま寝息を立て始める。
「……金剛力(こんごうりき)に韋駄天足(いだてんそく)……使えないね」
女の声だ。綺麗な声ではある。
だが、その声は憂いを含み、可愛らしいという印象は受けない。
不意に強い夜風が吹き、女の肩まで伸びる髪をはためかせた。
女の首の裏、うなじの部分にハート型のアクセサリが顔を覗かせる。
「お前もそう思うだろう?脳喰らい?」
その言葉に反応するかのように、アクセサリはカタカタと震えた。
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『一章・人払いの劣等生と猫の楽園』
「あああ~入る学校間違えたあ~」
封鎖された屋上へ向かう階段。その先にある小さな空間が男がこの学園で一番気の休まる場所である。
そこには古びてところどころ穴が開いた3人がけのソファが転がっている。
ここは、私立久守(ひさかみ)学園。
全国でも数校しかない退魔師を輩出する学園だ。
だが、時代はネット全盛時代。
妖怪や化け物は人々の恐怖心から生まれることが多いが、この科学万能の時代では心霊的な恐怖など小さなものである。
小さな退魔案件は消え、大きな案件はエリートが処理する。
つまりは卒業しても先行き不安である。
「推薦で学費免除だからといって安易に入学したのがまずかった……」
男の名は「佐藤 無涙(さとう むるい)」平凡な苗字と、変わった名前を持つ学園の2年生である。
呪術的素質があるとして学園にスカウトされたものの、
実技の授業が増える2年になってもまともに使えるのは「人払い」の術だけである。
「人払い」の術は場所によって使いやすさが変わる術である。
真昼の繁華街のど真ん中に「人払い」の術をかけるのはほぼ不可能なのだ。
「人がもともと来ない場所」そこに術をかけ、より確実に人をこないようにするのが「人払い」の術の真髄である。
今、無涙が座っている屋上に続くドアの前は「人がもともと来ない場所」の用件を満たしている。
だから、ここに「人払い」の術をかければ、ほぼ人に会う恐れはない。
だから、ここは彼にとって一番気の休まる場所である。
無涙が目を瞑りソファに寝そべっていると誰かが階段を昇ってくる音が聞こえた、
この時間にここに上ってくるのは一人しかいない。彼女だ。
「やっほー、無涙君生きてるー?」
女の声が聞こえる。
力強く、陽気な、元気が出るような声だ。
「かろうじて生きてます」
彼女の名前は、「金子 虎子(かねこ とらこ)」。
170cmを超える長身と、赤みがかった茶色に染めた髪がトレードマークの少女である。
無涙と同じ2年生だが、同じクラスになったことはない。
学校に入ってから数日後、人に会わない場所を求めたふたりは同時期にこの場所を見出してここで出会い、
人疲れしやすい人間同士で気が合ってこの場所を共有しているのだ。
「よっこいせっと」
虎子はソファに横になっている無涙の上に、さも当然のようにゆっくりと体重をかけつつ座る。
「やめてください、重いです」
「ソファを全部占有している無涙君が悪いのでせめて三分の一は面積くださいー」
そう言われ、無涙は腹筋の要領で頭を上げる。そうすると、虎子はその空いたスペースに座り込んだ。
無涙は頭を下げ、虎子の膝に頭をおろす。
「あー、人の体を枕にすると何でこんなに気持ちいいのかー」
「……」
「ねこさん?」
“ねこさん”は無涙が決めた“金子さん”を略したあだ名である。
しばらく一緒にいればわかるが、彼女は虎というより猫のイメージだ。
「……無涙君、なんだか疲れてる?」
「ん?何でそう思うんですか」
「普段は君から私に触れるようなことしないから、疲れてるのかなって」
「あー、ちょっと疲れてます。……もしかして、このまま頭乗せててもいいんですか」
「……私も疲れてるから、30秒だけなら」
「微妙な長さだー」
そこにはソファが一つあるだけだが、彼と彼女にとっては楽園だった。